-------- --:-- | カテゴリ:スポンサー広告
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

2006-10-26 00:00 | カテゴリ:楽天ブログ
30日
本当はベネツィアに日帰りで行く予定だったのですが。
倒れている人を置いて、丸一日遠出をするわけにもいかず。
ミラノ観光2日目です。

相方は結構よくなってきたようなので、携帯もあることだし、親子3人で軽く観光に行くことに。
まず地下鉄に乗って、ダメ元で「最後の晩餐」を見るために、マリア・デレ・グラッツィエ教会に。
この日あたりは、もう日本もゴールデンウィークに入っていて、そしてヨーロッパもホリデイに入っていて、たかが個人旅行ではチケットが取れなかったのです。
でも、もしかしたらキャンセルチケットなど…。と思って行ったのですが。
教会の外にまで、旅行者の行列(主に日本人)。
それでもしつこく、受付カウンターまで行ってみる。
すると、前にイタリア人カップルがいて、何かを掛け合っているようだが一蹴される。
「あー、きっとこの人たちもキャンセルチケットを聞いてみたけどなかったんだろうな。」と思いつつ、とりあえず私も聞いてみる。
受付の、美人のお姉さん、かなりイライラしたご様子。
最初は英語で「キャンセルチケットはないわよ。」と言い、その後イタリア語でなんだかわめき始める。
「うわー、怖い。退散、退散。」と思って一時退散。
それでもちょっと未練がましく、受付カウンターの方を見ていると、またそこに新しいカップルがキャンセルチケットについて聞きに行った。
そのとたん。
受付のお姉さんが、キレた!!
机を大きくバン!!と叩き、立ち上がり、イタリア語でキャンセルチケットはないわよ的なことを叫び始めた(笑)
仮にも世界一有名な絵画を取り扱う、受付の顔と言うべきお姉さん。
そのキレっぷりは恐ろしかったです・・・。?ä
言うまでもなく、私たちはこそこそと逃げ出しました。

その後、昨日行ったスフォルツァ城にもう一度行き見学。
そして、お母さんが行きたいと行っていた骨董市に行くためにナヴィリオ運河(実はここはダヴィンチが設計したらしい。後から知った)に行き、冷やかし&お母さんはイヤリングを購入。
そこから、トリノ通りを歩いてウィンドウショッピング(日曜日なのでほとんど閉まっていた)しつつ、無印○品ミラノ店を見て「安くないと無○の意味がないよねー。」などと批判したりしつつ、教会めぐりをしてまたドゥオモ広場に出る。
教会はすごいねー。さすがに素敵です。
場所によって、ミサをしていたり、アヴェ・マリアが聞こえたり。
あと、ミラノの市街地はところどころに昔の城壁後が残されていたりして、情緒たっぷりの街歩きができました。

その後ドゥオモに到着(お母さんたちは2回目)。
しかし、すごく楽しみにしていたのに、ここでも修復中。
まあ、しょうがないので、気を取り直して、屋上に行けるか聞いてみる。
しかし、ここでもホリデー中(そういえばヨーロッパはイースターからメーデーにかけてのホリデーだった)と、ゴールデンウィークに入りつつあったので日本人が溢れていて混雑防止のために屋上に行けず。
それも、ものすごく態度の悪いお姉さんが、足を机の上に上げ本を読みながらこっちに目もくれず、答えてくれました?ä?
イタリアってこんな国なの?
それとも日本の接客に慣れている日本人が悪いの?
そういえば、一回もナンパされなかったし…(関係ない)。
あとは、お土産を買って、地下鉄で帰りました。

その夜はちょっと調子のよくなった相方を連れて、最後の食事としてミラノ風カツレツを食べるためレストランへ。(相方はリゾット)
なんだか、おいしいかおいしくないのかよくわからないカツレツを食べ、ミラノ最後の夜を過ごしたのでした。

サン・マリア・デ・レ・グラッツィエ教会の庭。
庭だけでも十分にきれいでした。
サン・マリア・デ・レ・グラッツィエ教会の庭

ドゥオモの側壁。
いったいどのくらいの人がどのくらいの時間をかけて作ったのか、そして彫られているキリストの表情の多さにただただ感嘆するばかり。
Duomo



5月1日
昼過ぎにミラノ空港発で帰る。
午前中ちょっと時間があったので、相方を連れてとりあえずドゥオモを見せてあげる。
この日も屋上に上がれず。
本当に私たちは運が悪い。というか、時期が悪い。
お土産を買い、ホテルに一度帰り、空港に向かいます。
お父さんとお母さんも、ホテルの近くのスーパーでお土産を買っていたらしい。
お父さん、かなりのスーパーマーケットマニアになっていました(笑)

空港でチェックインをして、時間があるので最後の食事を空港のフードコートで取る。
その後、まあ時間の限り空港をうろうろして、搭乗。
私たちは東京行き、両親は大阪行き。
私たちのほうが搭乗時間が早かったので、両親の搭乗ゲートとかを再三確認しつつ、心配しつつ搭乗。
無事日本に帰ってきたのでした。

今回の旅の結論。
1.自由旅行は、バックパックでなるべく行こう。スーツケースは辛い。
2.自由旅行は、なるべく時間のゆとりを持っていこう。途中下車が楽しかったりするしね。両親がいなかったら、ホテルとか決めずに行っても楽しいだろうな。(オーストラリアで何度かヒヤヒヤした目にあってますが)
3.体調は万全に。私も前半、歯が痛くてご飯食べれなくて辛かったー。でも、観光はなにがあっても行く。
4.シーズンを選べ。オフシーズンが絶対にいいです。
そんな感じでございます。
まあ、いろいろと経験させていただきました。
今度は、治安が悪くても、人がよさそうな南イタリアのほうに行きたいと思います。
あ、ヴェニスにはもう一度行ってもいいかな。
車で周っても楽しそうです☆
とりあえず、無事に日本に帰ってこれて何より。
楽しい家族旅行になりました♪

さて、次はどこに行こうかなー。
でも、貯金が全部消えていったなー…。


スポンサーサイト
2006-10-25 00:00 | カテゴリ:楽天ブログ
4月29日。
未明。
私は相方が、何度もトイレに行く音で目が覚める。
どうやら、お腹をくだし、そして上からも下からもひどいらしい。
とりあえず、持ってきておいた胃薬を飲ませ、私は寝る。
私の場合、だいたい一晩眠ったらよくなるので(笑)、そう期待して、ほっておきました。

朝。相方の具合はよくなる気配を見せず。
しょうがないので、私が看病兼、せっかく入ってきた保険会社と連絡を取り、病院に連れて行くか、お医者さんを呼ぶことに。
両親には申し訳ないんだけど、二人だけでミラノ観光に行ってもらうことにしました。

私は早速、ここで使わずいつ使うということで、保険会社に電話。
いろいろたらい回された結果、この日は土曜日で、日本人の先生がいる病院が開いてないので、英語の通じる医師をホテルに呼ぶことに。
ただ、何時に来るか、連絡が全くない!!
2回ほど保険会社に連絡を取り直すも、「電話をかけなおします。」としか言われず、わからない。
しょうがないので、保険の推薦病院に乗っていた、英語の通じる、救急のある病院に電話してみたところ、受付のおじさん、まったく英語が通じない。イタリア語で「私は英語がわかりません。病気ならば088088(救急車の番号)にかけなさい。」と言われる。
というか、よく私がそれを理解したものだ。
っていうか、英語通じるって書いてあるのに!!
しかも、救急車を呼んだら、あとで保険会社に請求すればいいものの、手持ちのお金をまず払わなければいけない。
その手持ちのお金が、まずあやしい!!
どうしようかと悩んでいる間に、相方はうんうんうなり、そしてだんだん冷たくなっていく

私はふと、思い出した。
保険、病気の保険には入っているが、病気で死亡の保険には入っていないことを。
そこで、私はちょっと退屈していたのもあって、でも半分本気で相方に言ってみた。

「あのー、もし、自分死ぬと思ったら、窓から飛び降りるか、階段から落ちるかしてもらえるかな?」


…相方、無反応。
それどころではないらしい(笑)
思わず自分の鬼畜っぷりに一人で笑ってしまっていると、そんなところにお医者さん登場。
来てくれれば、あっという間に、10分ぐらいで、診察終了。
隣の薬屋さんに行って、この薬を買いなさい。という指示をくれて、あっという間に帰っていきました。

ちなみに診断は、胃炎。
そういえば、こいつ、旅行に来る前から胃が痛いと言っていた。
なのに、こっちに着いたら着いたで、毎日エスプレッソを飲みやがって。
絶対に自業自得だ!!
ちなみに某占いでも、小殺界で旅行先の病気に注意と言われていたらしい。
私の一日分の時間とお金を返せーーー。
と、無情にも本人に向かって言ってみました。(私の呪いのとばっちりプラス、ストレスという説もある(笑))

いや、薬飲んだら、ちょっと落ち着きましたよ。

その後、オトンとオカンが帰ってきたので、看病を交代。
ちなみにこの二人は、かなりアバウトな地図を持って、ミラノの中心地に向かい、道がわからなくなったら日本語で道を聞くという大冒険をしてきたらしい。
でもしっかりと目的地のDuomoまで歩いて行って、帰ってきた。
歩き続けること7時間。さぞかし疲れたことでしょう。
っていうか、無事に帰ってこれて本当によかった。
3人に安心したところで、私が耐え切れず、出かける。
せっかく、ミラノにいるのに、昼間出れなかったのに、もったいないんじゃーー!!

ということで、夕方3時間、一人でミラノの街を歩き回ってきたのでした。
でも、時間が時間だから、美術館にも行けず、ただ教会巡りな感じ。
でも、街中を歩くっていいものですね。
帰りは夕立にあったので、地下鉄で帰る。
いつも思うんだけど、ヨーロッパの地下鉄の切符ってわかりにくいよね(怒)
人に教えてもらいつつ(ここらへんが交流ですね)、ホテルに帰って、前日に食べるはずだった相方の誕生日ケーキを夕飯に食べたのでした。(もちろん相方自身は食べれない)

一人で見たスフォルツァ城横の公園の平和の門。
これを撮るために、ものすごい距離を歩き、サッカーしている人の真中を歩いた(笑)
平和の門


2006-10-24 00:00 | カテゴリ:楽天ブログ
4月28日
いわくつきの、28日。忘れられない、28日。(理由は後々)
しかも、うちの相方の誕生日。
朝早く、次の国へ旅立つ妹夫婦を寝巻きのまま、ホテルで見送り、着替えた後うちらもチェックアウト。
またミラノへ向かって電車旅が始まります。

普通に行けば、4時間ほどでミラノに1本で着けるのですが、ちょっと電車の時間が合わなくなること覚悟で途中下車。
スイスの中なら、何度降りても大丈夫な切符なので、それぐらいしないと楽しくないね。
まず、一度目下車、Lugarnoという小さな街で昼食のために下車。
この街、かなりよかった!!
駅が急な山の上に建っていて、街に行くには徒歩で降りれても、帰りはケーブルカー。
でも、そんな街も素敵です。そして、街並みがかなり素敵です。
肉屋さんやケーキ屋さん、八百屋がひしめき、活気があり、建物の色もきれい。
うちの両親も、かなりこの街を気に入っていました。
ただ、入ったレストランで、フランス語とイタリア語しか通じないのには困った(笑)
街を越えたところには湖が広がっていて(虫がたくさん飛んでいたけど)、景色も最高。
その近くにある公園には、ちいさな、メリーゴーランドヤコーヒーカップがあったり、地面盤のチェスがあったり、大人も子供もゆったり時間が流れているような感じでした。
いや、本当によかった。
また、ぜひこの街には寄ってみたい。
そして今度は、あのおいしそうなケーキを食べてみたい…。

ルガーノのマーケット。某歩き方本にも載っている写真とほぼ一緒(笑)
ルガーノのマーケット

そして、ケーブルカーに乗って駅に戻り、また電車に乗る。
1時間ほどして乗り換えのCiassoという駅に降りました。
ここはイタリアとスイスの国境の町。
外に出てみても、特に見るところはなかったので、家族で駅のカフェでエスプレッソを飲んで次の電車を待つ。
私は一人で郵便局に行って、切手を買う。
せっかく使い切りかけていたスイスフランだったのに、ここでユーロを使うことによって、スイスフランがまた増えた!!
けっこう思ったより街だったなー。
ここからバスで1時間ぐらいのところにブランド品のアウトレットがあるらしく、そのためにイタリアから来ている人もちらほら見かけました。
中には日本人も何人か。

そして、ここから事件が。
越境手続きを終え、指定の切符を買い、来たミラノ行きの電車に乗ろうとしたところ。
私たちの席に先客が座っていました。
まあ、向こうの電車のシステムとしては、まず、どこにでも座っていい。
しかし、予約者が来たら譲らなくてはいけない。
私たちは、大きいスーツケースもあったし、お父さんとお母さんが座れなかったら辛いだろうと思って席を取ったのですが。
なので、優先順位はこっちにある。
そこで、その先に座っている人(イタリア人らしいおじさんとおばさん。かなり恰幅がよくて、見た目も金持ちそう)に、英語で話しかけました。
「すいません、その席の予約チケットを持っているのですが。」
すると、そのおじさんたちは、あからさまに嫌な顔をし、まるで英語がわからないかのように私たちを無視したのです!!
ちょっと、ムッとする私。
仕方ないので、車掌さんの青年を呼び、事情を説明。
そして、車掌さんから説明してもらうことに。
そのとたん、イタリア人のおじさんとおばさんは、車掌さんに向かいもう反撃を始めました。
…人間って、言葉が通じなくても、悪意って通じるものなのです。
そして、その悪意を持っている言葉に限り、意味も通じてしまうものなのです。
私はイタリア語全然わかりませんが、でも勉強してきた単語がそういうときだけ聞き取れてしまうのです。
恐ろしき、潜在能力。
この能力が発揮されれば、私は何ヶ国語でも聞き取れること間違いない!
ついでに何ヶ国語でもしゃべれるようになりたいものです(笑)
そして、そのとき、私の耳にはこう彼らが話しているように聞こえました。
「そんな日本人なんかに、席なんか譲る必要ない!!」
そこで私、激怒!!
かなりブチ切れかけたのですが、その様子を目にした車掌さん、急遽機転を利かせて周りに席を作ってくれました。

しかし、その車掌さんが作ってくれた私の席は、そう、そのイタリア人夫婦の通路挟んだ真横。
そこで私は、そこに座りつつ、目の前に座った相方に話しかけている様子で、
笑顔で、絶対に日本語で、
彼らを暴言で呪い続けたのでした。
ミラノに着くまで1時間半
たまにチラチラと、横に目配せしつつ。
ここではかけないような言葉をつらつらと。
絶対に、この悪意は届いていたはず。
なにせ、人間は悪意なら言葉が通じなくても、わかってしまうものですからね。
たぶん、私の呪いから逃れるためか、ミラノに着いた瞬間、彼らは一目散に電車を降りていきました(笑)
だって、日本人だからと差別をするのも許せなかったし、こっちには大きいスーツケースを抱えたオトンとオカンもいたのに、優先順位もうちらにあるのに、理解しないあっちが悪い。
私は曲がったことが大嫌いのです(父親譲り。でもこのときばかりは、うちのオトンも苦笑いしていましたが)
っていうか、そんなに席をどきたくないなら、はじめから席指定しろよ!!
ちなみに、席指定は無料でできるのです。
まあ、無料のために、私もここまで怒るなよという感じではありますが、だって、おかしいもん。
あー、今考えても腹立たしい。
でも、密かに、あのかけた呪いは、今どうなっているかも気になるところです(笑)

そして、ミラノに到着後、思わぬとばっちりでのろいを受けた人が判明。
到着したのも結構遅かったので、近くのファーストフードでケバブを買ってホテルで夕食を取ることに。
そして、その夜、思わぬことが起きるのです。


2006-10-23 00:00 | カテゴリ:楽天ブログ
4月27日
午前中は妹の挙式。
朝早くから準備が始まり、私もその手伝いに。
というか、むしろカメラマン。
妹のセット途中の頭を、「あー、鶏の頭みたいだー。」と言いつつ、写真に収める(笑)
ヘアメイクさんが、ドイツ人(女性)とイタリア人(男性)のコンビで、思いっきり外人メイクをしてもらっていました。

できあがりはちょっぴり大人っぽいオードリーヘップバーン風。
イタリア人のヘアメイクさんも大満足のご様子でした。
っていうか、この妹、ウェディングドレスや靴、挙句に造花のブーケまで持って今までドイツを3日間旅行してきたと言うから、見上げた根性です。
ちなみに、スーツケース2つに大きいバックパックで移動していた二人。
この挙式が終わったらスーツケースは日本に送り返す!という予定のもと、一つのスーツケースは挙式用品とお土産類で溢れ返っていました。
よくここまで来たもんだ。
そして、その妹婿が持っているバックパック、ぜひ私の次の旅行のために貸していただきたい…。

そんな感じで用意をして、挙式の行われるホーンブルク城に出発。
その城の中にある小さな教会で挙式を挙げました。
ここは、城とは言っても、もともと貴族の別荘のために建てられたものらしく、城というより豪邸。
今はいろんな国のウェディング会社が共同で買い取り、挙式用施設として使われているらしいです。
その教会は、すごーく小さい。でも、その小ささがかわいい。
また、金持ちの別荘用に建てられたものだけあって、街からは離れているものの、すごーく景色がいいです。
ちょっと曇っていたのが残念ですが、遠くに見えるスイスの山々、その前に広がるルツェルン湖、それを高台から見下ろす感じになります。
庭もイギリス庭園風に整えられており、写真を撮るには本当に最高です。
また、豪邸のほうも挙式の後にちょっとしたパーティー用に使えるようになっていて、そこでシャンパンで乾杯したり。
素敵な挙式でした。
うーん、山の挙式もいいもんでしたよーー。
誰か、またここで挙式してくれないかなー…。

教会、中はすごく小さくてびっくり!!でも素敵でしたー。
妹から顔出すなと、言われてるんだけど、これならわからないだろう・・・。
結婚式

挙式&パーティーが1時間ちょっとで終わり、またホテルに戻る。
妹は余韻も何もなく、ドレスを脱ぎ、荷物の詰め込みに取り掛かる。
妹婿は、タキシードを脱ぐ間もなく、PCをネットに繋ぐ。
…なんだ、この夫婦?(笑)
まあ、そんな夫婦はほっといて、ちょっぴり疲れたので、いったん部屋で休憩を取る。
1時間半ぐらいうとうとだらだらしていると、妹から内線が。
「お姉ちゃん、準備できた。お昼ごはんと観光に行こう。」

…こいつら元気だなー。と感心。

午後はまたルツェルン散策。
本当はピラティスとかちょっと遠出をしようかと思っていたけど、やっぱり疲れていたし、空模様もあやしかったので、近場をゆっくり周ることにしました。
川で白鳥に餌付けしたり。
餌付けついでに白鳥を道路まで誘い込み、わざわざ歩かせてみたり。(鬼畜)
あと旧市街地の北を走る、城壁に登ってみたり。
いやー、城壁っていいですね。
大好きです。城壁(笑)そこに城壁があるならば、登らずにはいられませんね。登るべきですね。
その城壁の近くにいた牛に追いかけられてみたり。
その後旧市街地を通り、ケーキセットを食べ、お土産を買い、カペル橋を渡り、一度ホテルに帰り、また夕食に出かける。
元気だなー、うちら。そしてよく食べるなー。
書くの忘れたけど、散策行く途中にも一回ご飯食べてるし。
面白かったのはカペル橋。
ここは昔、ペストがはやった後に、その災害を忘れないように流行の様子なんかの絵が描かれたりして、ちょっとした博物館的な要素もこめられつつ作られた橋。
しかし、20年ほど前に、タバコのポイ捨てによって火災が起こり、4分の3ほどが焼けたらしい。
今は、また同じ建築で立て直されいて、ペスト流行の絵が修復中です。(けっこうグロテスクなので(なにせペストだから)、出来上がりがすごく楽しみ!!と言うわけではありませんが…)
そして何より笑ったのが、その炎上している様子の絵葉書が売ってた(笑)そのときは「買いたいけど、なんか切ないよなー。」と思って買わなかったけど、今となれば、「買えばよかった」と少し後悔(笑)
いやー。見事に炎上している写真でした。
次に行くことがあれば、買おう。

そして、夜は妹が行きたがっていたスイス料理の店に行き、夕食。
楽しくスイス料理をいただきました♪
そして、こんな夜なのに酒を飲むのは妹婿一人。
うちの家族は全員下戸。
妹婿も、さぞかし肩身が狭かっただろうに…。ま、気にしてないと思うけど。
帰りは、変わったショーウィンドウを楽しみつつ帰りました。
私はここのショーウィンドウがすごく気に入った☆
本当に変わっていて、かわいくて、斬新。
こんなショーウィンドウだったら日本も楽しいのになー。
そんなところにヨーロッパ独特の雰囲気を感じたのでした。

ルツェルンの城壁。城壁マニアにはたまりません。上も歩けます。
ルツェルンの城壁

うわさのカペル橋。今はいたって風光明媚な素敵な橋。あんなに炎上していたとは思えない(笑)
カペル橋

そしてこれは薬屋さんのショーウィンドウ。昔の魔女風の薬や材料が並んでいます。
不思議ディスプレイ


2006-10-22 00:00 | カテゴリ:楽天ブログ
4月26日
インターラーケンからルツェルンに移動。
けっこう近く、電車で1時間ぐらいでした。
ルツェルンは思ったよりも全然都会でびっくり。
山と湖に囲まれた、ドイツの雰囲気漂う街でした。

この日の夕方に妹夫婦と合流予定なので、それまで市内観光に出発。
私が無理やり食べたいといった韓国料理(高かった!!)を食べ、当てもなくブラブラとさまよう。
そして、私がルツェルンで一番見たかった「瀕死のライオン像」を見に行くと、なんと修復中!!
足場が組まれ、ライオンの周りには何人かの人が作業をしている。
本当についてないなー…。
でも、逆に、その人との差で、どれだけライオンが大きいかわかりました。
そこでちょっと雨が降ってきたので、近くにあった博物館に入る。
そこでルツェルンや、スイス、氷河に着いて勉強する。
小さい博物館だったけど、結構面白かったです。
何万年もかけて石が掘った穴とかが、たくさん見られます。
でも、うちら家族がはまったのはミラーハウス。
大人4人、かなりの勢いで、ミラーハウスを探検し、そして迷い、楽しんだのでした(笑)

そして夕方。
部屋が2階の私とお父さんは、窓越しに会話をしつつ(部屋が隣)、身を乗り出して妹を待つ。
絶対に外から見たら、変な日本人親子。
その甲斐もなく、ちょっとした隙に妹にホテルに入られる(笑)
妹夫婦は、せっかくの挙式のためのホテルなので、なんと7階のセミスイートに泊まるというので、見に行く。
ジャグジーなんかあって、素敵な部屋でしたよ。
しかし妹婿は、妹がドレスとかの準備をしているのを無視して、PCをネットに接続するのに必死で、妹がかなり怒っていましたが(笑)
夜はみんなでご飯を食べに行き、夜のルツェルンを散歩。
なかなか夜のルツェルンも素敵でした。
街が川沿いに建っているから、夜景が川に反射してとてもきれいです。

瀕死のライオン。なんだか檻の中にいるみたい・・・。
瀕死のライオン


2006-10-21 00:00 | カテゴリ:楽天ブログ
4月25日
ユングフラウヨッホ登山。
登山と言っても、登山列車に乗れば連れて行ってくれます。
インターラーケンから電車を乗り継ぐこと2時間。
ものすごい勾配の列車に揺られた後、ユングフラウヨッホの頂上付近の駅に到着です。
この駅は世界で1番高いところにある駅らしい。
もちろん、標高は富士山よりも高いです。

登山列車に乗っている途中から、外にはだんだんと雪が広がり始めましたが。
頂上は、なんと、真っ白!!むしろ吹雪!!
ここは一年中雪が積もっていて、そのため、外には何万年前かの氷河が広がっているらしい。
それを見に、早速外にレッツゴー!!
…って、吹雪ですから。
かなり寒い。そして風がすごい。そして何も見えない。
それでも、展望台だけではなく、山の一部に下りられるようになっていたり、歩けるような散歩コースがあったり。
観光客の中にはスキー道具を抱えてどこかに行っている人たちもいました。
いやー、脱帽。
私たちはただでさえ空気が薄くて心臓がバクバク言っているのと、寒いのとでスキーなんてこれっぽっちもやりたくありませんでした(笑)
とりあえず、展望台や外に出られるところに行って氷河を見ようと頑張ってみたり、アイスパレス(氷の洞窟なのよ。溶けないなんて不思議)を見て周ったりし、
そして、なぜかインドカレーをお昼に食べて、頂上を後にしました。

帰りにグリンデルバルトに寄って散歩。
そうそう。ずいぶん前になりますが「あい○り」でこの街に行っていましたね☆
本当はここからいくつか展望台へのケーブルカーや、ハイキングコースがあるらしいんだけど、オフシーズンのため全て閉鎖。
そうなんです。この季節、冬と夏の間のシーズンらしく、ほとんどのケーブルカーやロープウェーが点検のため閉鎖。
本当に、もったいないったらありゃしない。っていうか、運悪い。
次回はぜひ、夏のシーズンに来て見たいものですね。

そして無事に下山し、ホテルに帰る前に念願のチーズフォンデュを食べる。
なぜかわかりませんが、ウェイターのお兄さんが私たちに、パンを一皿多くサービスしてくれました(笑)
本場のチーズフォンデュは、ワインがたっぷり。ワインの味。
お酒に弱い私は、かなり酔っ払いました。
しかも、煮詰まったあと、ワインのアルコールが飛んだ後のチーズがおいしかったりするので、なかなか食べるのもやめられない。
本当に大人な、チーズフォンデュでした。

ユングフラオに向かう登山列車の中から。
ユングフラウヨッホへの列車


2006-10-20 00:00 | カテゴリ:楽天ブログ
4月24日
前日にミラノ空港にて、両親と合流。
無事に会えて本当によかった(涙)
なにせ、二人にとっては初ヨーロッパ。
そして二人だけで、ツアー以外で飛行機に乗ることが初めてだったので、不安だったことでしょう。
その日は、とりあえず、ホテルにチェックインして、また2日前に発掘したジモッティーレストランに行って食事をし、就寝。
本当にあのレストラン、よかったよ。
チップをあげるどころか、値引きまでしてくれました(笑)

さて、この日は、イタリア・ミラノからスイス・インターラーケンに電車で移動。
ここで早速トラブルが。
私は日本で、旅行会社に勧められて「スイスパス」というスイス国内乗り放題の電車のチケットを持っていたのですが。
窓口に行って、「イタリアの国内分は切符代払います。スイス国内はスイスパスがあるんだけど。」と言ったところ。
「Spietz(イタリア国境を越えて、かなり進んだところ。もはやインターラーケンに近い)までのお金は払いなさい。」と駅員に言われる。

なんで???

もう一度説明してもらうも、こっちがスイスパスの利用方法を説明するも、絶対にスイス国内分を安くしてくれない駅員。
かなり不満ながらも、とりあえずお金をSpietz分まで払ってみるも、やっぱり腑に落ちない。

もう一度窓口に行って、しつこいながらも説明を求めるたが、それでもダメ。
今度は一度チケットを買っちゃってるもんだから、キャンセルはできないだとかさらにお金を払えだとか、いろいろ言ってくる。
私も意地になって、納得できないと文句を言い続けると、突然、向こうはイタリア語で話し始めた!!

イタリア語、わかるわけないじゃん!!
かなり怒り狂うも譲ってくれず、相方に止められてしぶしぶ退却。
ちくしょーーー。覚えてろよーーー(怒)

まあ、そんなこんなで電車に乗って、一路スイスへ。
いやー、やっぱし、スイスは景色がよいですよ。
電車からの景色も最高でした。
私は、乗り物に乗るとすぐに寝てしまう性質ですが、全然寝なかったもん。
外の景色が綺麗で、寝るのがもったいない!!
本当に綺麗でした。
スイスのたびは、ぜひぜひ電車がお勧めです。
もう、高い山々は、日本の平地に住んでる人々には、圧巻ですね。

途中、例のSpietzで電車を乗り換え(Spietzはとてもきれいな、湖畔の町でした。時間があったら一泊したかった)、インターラーケンへ。
次の日、お母さん希望のユングフラウヨッホに行くために、インターラーケンで2泊です。
到着後ホテルにチェックインし、少し疲れ気味のお母さんをホテルに残し、3人で街探索へ。
ホテルのおばちゃんに適当な道を教えられたため、道に迷いつつもセンター通りとスーパーに到着。
今日の晩ご飯は…、質素にパンとチーズとトマトと生ハムに決定(笑)
私はその国や街の地元のスーパーが大好きなので、スイスでの買い物を堪能。
帰りにフライドチキンを買って、3人で公園で食べました。
この公園、絶景できれいで、本当にピクニックに最適。

この公園です。
インターラーケン

帰りにお母さんに頼まれていた、「酸素ボンベ」を買いに薬局に寄る。
薬局のおばさんに頼むと、大(普通のスプレーサイズ)と小(かなり小さい)を出してくれたので、「どっちがいいですか?」と聞いたところ、
「小でいいと思うわ。もしこれで足りなかったら、Emargency(緊急処置室)に行くことね。」と言われる。
…ごもっとも。

ちなみにインターラーケンは山間部。
昼間は暑くても夜は冷える!!
ちょっぴり寒い部屋で、家族4人冷たい食事を楽しんで、次の日に備えて早めに就寝したのでした。


2006-10-19 00:00 | カテゴリ:楽天ブログ
4月21日(金)
私と相方、東京成田発。
うちの両親は、2日後に現地で合流です。

この日は珍しく早めに成田に到着。
というか、むしろ、時間を間違えて出発したため、1時間早く着く(笑)
その時間を有効にご飯食べたりー、と思っていたのだが、保険に入ったり、振込みを済ませたりしているうちに、あっという間に登場時間。
・・・早く着いていてよかった(笑)
そして初☆イタリアに向かって出発!!

同日21日夕方にMilano空港に到着。
空港バスで予約しているホテルのあるMilano駅まで行く。
ここまでに、ちょっぴりイタリア悪印象。
まず、空港の入国審査で、挨拶をしても無視をされる。
っていうか、むしろ私のほうなんか見向きもせず、他の人と話をしながらスタンプを押しただけ。
いや、挨拶無視は、感じ悪いよ(怒)
そして、帰りのバスの中で、イタリア人同士が席を巡って大喧嘩が始まる。
これから始まる、喧嘩の多い旅の始まりでした…。

Milanoは…、なんだかちょっぴり日本的な要素があるように感じられました。
景色とか、ちょっと日本の田舎に似ているような。
もちろん建物は似ていませんが。
あと、春真っ盛りだったので、桜みたいな花が街中にたくさん咲いていて綺麗でした。

ただMilanoの街中は、ものすごい量の車の路上駐車や電線で、すごく綺麗な景観とは言いがたい。
ただ、Milano駅は大きくて、古くて、乗り場はすごく広くて、圧巻でした。
夕方に着いて、とりあえず荷物をホテルに置き、夕飯を求めて街中を歩く。
しかし。どこに行ってもレストランが開いていない。
まだ8時ぐらいなのに、なぜ閉まっている?と不思議に思いながら歩き回っていると、開いている本当に地元の人のためのお店を発見。
面白そうなので入ることにしました。
だが、ここがとても素敵なところでした。
ウェイターのおじさんは英語が話せないので、私の片言のイタリア語と英語とジェスチャーで注文&会話。
これこそ、旅の醍醐味ですね☆
たくさん食べても2人で10ユーロちょっとという信じられない価格で、おいしい食事を楽しんだのでした。

ちなみに、この日泊まったホテル、なんか監獄みたいだった…。
エレベーターとかも年代物で、2人プラススーツケース1つが上がるのかかなり不安だった。
っていうか、監獄ってきっと、あんなところなんだろうなー…。
まあ、駅から近くて便利だったけど。

ちなみに、後に気づいたことですが、この次の日曜日はイースター。
だからこの日はイースターの前の金曜日で、祝日だったのね。
ちなみに、次の日のVeniceも混んでいたはずだわ…。

ミラノ駅、工事中だったけど外も中も素敵でした。
こんな駅、海外ならではだね。
ミラノ駅

4月22日
MilanoからVeniceに向かって出発。そしてVeniceで1泊。
Veniceとはベネツィアのことですね。
とりあえず、あの有名な都が沈む前に一度は行っておかないとね。
Milanoから電車で2時間半。
今回のたびは電車で移動ばかりの、電車の旅です。

ロミオ&ジュリエットで有名なVeronaを通った後、海が見えてきます。
憧れのVeniceですよ。
かなり浮かれながら到着。空も晴天。言うことなしです。
ちなみに電車でかなりかわいい女の子を発見し、微笑みかけられ、かなりテンション上がる(笑)
一緒に写真とって欲しかったーー(私は親父か…)
まずホテルに荷物を置かせてもらい、早速Veniceの街に繰り出しました。

もう、Veniceの街最高。
私は、あのカッロ(小道)とカンポ(広場)のコントラストに本当にはまりました。
ゴンドラも乗りたかったけど、ちょっぴりお値段がするので今回は断念。
その代わり、歩いて歩いて歩きまくりました。
地図もなく、標識だけを頼りに、たくさんの道を歩きました。
そして歩き疲れたころに、サンマルコ広場に到着。
そして相方念願の、カフェフローリアンでランチをしました。
カフェフローリアンとは、世界で最古のカフェ。
あのナポレオンやゲーテも愛したと言われます。
そんなカフェは、もちろんお値段も最高級(爆)
何も知らずに入ってきた若いカップルたちは、値段を見て、何も買わずに出て行きます(笑)
私たちは覚悟して入ったので、せっかくなので食べて帰りました。
落ち着いた店内。行き届いたサービス。そして店前で奏でられている生演奏。
やっぱり素敵なカフェでした。
その後鐘楼に登ったり、美術館に入ったり、海沿いを歩いたり。
思う存分Veniceを楽しみました。

Veniceの町並み。ゴンドラは高くて乗れなかったけど、小道と水路は本当に素敵。
ヴェニス

カフェフローリアンでの豪華ランチです。
カフェフローリアン

しかし、私は暑さと人の多さと疲れで、ちょっと早めにダウン。
駅前のホテルまで歩いて帰るのも辛いぐらいだったので、ヴァポレット(船)で移動してホテルに帰る。
ちょっとお昼寝をし、また夜にご飯を食べに出かける。
また夜のVeniceも綺麗でした。
ただ、小道とかはちょっと怖い。
人もいないし、すごく暗い。
でもそのギャップも、いいなー。なんて。

Venice、また住んでみたい町が一つ増えてしまいました(笑)


2006-10-18 00:00 | カテゴリ:楽天ブログ
ことの始まりは去年の6月ぐらい。
私がまだオーストラリアにいる時。
「お姉ちゃん、うちら結婚式をスイスでやることにしたから。」
妹からご報告が。
そのとき、まだ妹の相手にも会っていませんでしたが、軽い気持ちで
「あー。行く行く。わーい。ヨーロッパ☆」
と喜びました。
その後、連絡を取っていくと、なにやら、旅行会社の妹担当の人がヨーロッパに詳しく、安くて素敵なツアーを組んでくれると言うこと。
あら、素敵。それならそれなら。と、まかせておくと。

1月。正月に帰郷。
自分たちの挙式のこともまずまず。うちらの旅行についてはまったく話が進んでいない。
とりあえず、話を進めていくと、どうやらヨーロッパに行くのは私と相方とうちの両親だけらしい。
まあ、それはそれで気楽でいいなー。なんて思いつつ、自分たちの行きたいところの希望を聞き、それを旅行会社に伝えてツアーを組んでもらえ。と妹に頼む。

そして2月末。妹から電話があった。
「旅行会社に電話したら、担当だった人が1月末で転勤してて、ツアーもどうしたらいいかわからん。」
と言われる。
・・・おい!!
なぜその前に、連絡を取らない?(怒)
挙句に「うちらはうちらで行きたいところを周るから、お姉ちゃんたちは勝手に好きなところに行って、挙式の日だけルツェルンに着いてればいいよ。」
なんじゃそりゃあ!?
あんたらは勝手に自分たちで旅行して、私たちの旅行は私に丸投げですか??
まあ、怒ってても仕方ないので、妹にこういう段取りで回りたい。と言う希望を出し、妹に見積もりを旅行会社に頼んでもらう。
しかーし。
その見積もりが2週間かかると言う。(嘘だ!!)
その時点でもう3月だよ。4月中旬には出発ですよ。
早く飛行機を取らないと、ゴールデンウィークも重なってくるし、不安だーーー!
ということで、そこから、むしろ私が全ての旅行を手配すると言う大作業が始まったのです。

まず、いろんなところに電話して、飛行機の値段を調べ、会社を決めたあとは、毎週末には旅行会社通い。
いかに安く済ませるか。焦点はこれ一つ。
旅行会社の人さえ知らないようなマニアックな質問を調べつつ、質問しつつ、悪戦苦闘して個人旅行を計画したのでした。

その旅行の内容は、こんな感じになりました。
かなり強行でしたーーー。
たぶん、私、短期個人旅行の達人への第一歩を踏み出したと思う。(絶対)


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。